学校点描 8月・9月(2021年度)
9月28日 稲刈り
心地よい秋風が吹く中、5年生が稲刈りをしました。6月7日に植えた稲は立派な稲穂となり田んぼを輝かせていました。落ち穂をねらうネズミもやってきていたそうで、大盛りあがりの5年生でした。
9月27日 生き物と仲良くなろう
2年生が生活科の学習で生き物の観察を始めました。ダンゴムシやカミキリムシ、メダカを選んだ子もいました。大人は触りたくないような生き物も宝物のように扱われています。
9月21日 秋の訪れ
3階から中庭を見下ろすとハナミズキの葉がきれいに色づき赤い実をつけています。真っ白い花を咲かせている時とはまた違った「よさ」を感じます。涼しい風に誘われて、たくさんの命とふれあってほしいです。
9月17日 シャボン玉 飛んだ
秋晴れとはいきませんが気持ちのよい風が吹く校庭で、1年生がシャボン玉を飛ばしていました。正門であいさつをしている時に抱いていた、「あの白い輪っかは何なのだろう?」という疑問が解けました。なかなかの大物を飛ばす子もいました。
9月16日 大切なものはなんですか?
3年生の道徳です。何よりも大切なものは「命」であることを共有したあと、「『命』を大切にするにはどうしたらいいのか」を考えました。考えを出し合う中で
「自分の命だけでなく、他の人の命も大切だ」「動物や生き物にも大切な命がある」などの意見が出ました。
9月15日 アサガオの観察
家で夏を過ごしたアサガオが学校に戻ってきました。葉の多くは枯れていますが、花を残している鉢もあります。双葉が出たときの喜びから数ヶ月、1年生はどんな発見をしているのでしょう。
9月14日 種を埋める
2年生がダイコンとカブの種を埋めていました。予めきれいにしておいてくださった畑は、2年生を待ちわびていたかのようです。穴に向かってていねいに、ていねいに種を埋めていました。まるで「命」を吹き込むように。
9月13日 通常の学校生活に向かって
今日から午後の授業も再開されました。オンラインを希望していた子供たちの多くも元気な笑顔で登校してきました。中休みに校庭で遊んだり図書室で本を読んだりする子供の姿を久しぶりに見たような気がします。感染対策を十分にしながらですが、少しずつ通常の学校生活に向かっていきたいです。
9月8日 並縫い
家庭科室で並縫いに挑む5年生を見ました。黙々と針を見つめて練習布に・・・。昭和と違うのはGIGA端末の写真を見ながらということでしょうか。
9月8日 秋の気配
朝、正門に立って空を見上げると、雲の形が秋らしく感じられるようになりました。通勤途中にドングリが落ちていたり葉っぱが色づいてきたりしています。久しぶりに昨日ファームに足を運んだら、田んぼの稲穂が重たくなっていました。ザクロの実は心地よさそうに風を受けていました。
9月6日 オンラインの読み聞かせ
教室で過ごすことが多くなった休み時間。しかも、「距離をとって静かに」という制約付きなので「何とかしてあげたいな」と思っていましたので、図書室からミートを使っての読み聞かせはタイムリーでした。図書ボラさんに感謝です。
9月3日 涼しい1日となりました
連日の暑さが嘘のような涼しい日になりました。B棟前の花壇に咲くひまわりは寒そうに下を向いています。学校が再開して3日目。オンライン学習にも少し慣れてきたように見えます。自宅にいても声を届けたり意見を書いた付箋を届けたりできるのでとても便利なようです。
9月2日 ハイブリッド型への挑戦
学校再開の2日目は小雨の降る涼しい日となりました。昨日に続いて教室と自宅をつないだ学習が展開されていました。課題を共有して一緒に考えたりそれぞれの考えをジャムボードで交流したりしていました。4年生は音楽の先生が入り、PCソフトを使っての作曲を体験していました。自宅で取り組む子供たちも楽しそうでした。
9月1日 学校再開
いよいよ学校が再開されました。オンラインでの授業参加を可能にするなど、例年にはない再開日でした。それでも正門にはたくさんの笑顔が見られました。授業を覗いてみると、確かに教室と自宅がつながっている様子でした。課題をもとにしたやりとりをしている学年もありました。戸惑いはありますが、いろいろな可能性も見つけた1日でした。また、改めてり給食はいいな、と思った子供も多かったようです。
8月27日 分散登校(2)
高学年の分散登校でした。少ない人数なので一人一人の顔を見ながらあいさつができました。きちんと学校帽をかぶり、ランドセルを背負い、ていねいに頭を下げて通過していく子供たちに胸が熱くなりました。残暑が厳しい中、着々と増築は進められています。
8月26日 分散登校(1)
夏休みが延期になったため、本日は1年生、2年生、3年生が前後半に別れての分散登校でした。少し心配な顔をしている子供もいましたが、友達と会えたことを喜んでいる子がほとんどでした。