協働的に学ぶ

多様な「わたし」と「わたし」と「わたし」…「みんな」で学び合うからおもしろい。

「ちがい」から始まる・広がる・深まる。

成長

廊下で出会った1年生に「今日はどんないいことがあったかな」と尋ねると「あれ!」と指さします。

指差すその先には入学して「はじめてかいたじぶんのなまえ」と、その横に「今日書いた自分の名前」が掲示されていました。

字がどれだけ上手になったかという書きぶりもさることながら、「いいこと」が「(自分も含めた)みんながこんなにできるようになったよ」ということだったことが何よりも嬉しい。みんなで学んだ1年間がまもなく終わろうとしています。

5年「自画像」

一人一人が自分の特徴を捉えて、彫りあげて刷った自画像。

みんなの顔が並ぶと、唯一無二の「なかまたち」。

5年家庭科「持続可能な暮らしへ 物やお金の使い方」

友達との話し合いを通して、めざすところは一人一人が多様な消費者としての自立した考え方ができること。

6年音楽科「いろいろな和音のひびきを感じ取ろう『雨のうた』」

まずは、友達一人一人の考えや音に耳を傾けることで共有の場が生まれます。音楽という場を通してみんなの心が響き合うことをめざします。

一人一人の考え

6年生の道徳での一人一人の意見集約の場面。色分けして「ドン!」まるでクイズ番組のようです。同じでないということは「豊か」だということが視覚的にもわかります。意見表明は、話して伝えるだけではない。多様な意見や価値観に触れることで、多面的・多角的に考えることができますね。

こちらは3年生の教室。はじめの自分の考えを画面で一斉表示。何となく赤の考えが多そうですね。この画面を手がかりに話し合いが始まりました。「ちがい」から話が広がり、深まります。

なるほど

まちたんけんで気づいたことを書き込んでいる3年生。共同作業で目の前に友達の付箋が突然出てくると「なるほど」と感心して見入っている子。その付箋についてリアルに話し合いながらグループ学習をしています。はじめは誰かの気づきだったものも、すっかり共有されて、1時間が終わる頃にはグループ「みんな」の気づきになっていました。自分の考えが、友達と考えることで広がったということですね。

みんなの「おもしろい」をおもしろがる

GIGA開きをしたばかりの1年生。GIGAたんをもって、校内をうろうろ。「おもしろいもの見つけ」の学校探検。一番人気は給食室。給食調理員さんが働く様子をパチリ。「ね、みて。こんなところに〇〇があったよ」と、画像を見せてくれます。一人一人の「おもしろい」を記録しています。

翌日、1年生たちが学校で見つけた「おもしろいもの」の画像を先生に送って一覧ができました。こうすると、自分の「おもしろいもの」をみんなに見せられるし、みんなの「おもしろいもの」を大きくして見ることもできます。まさに「共有ツール」。「いいね」「わあ、おもしろい」と友達の見つけた「おもしろい」をおもしろがる子どもたち。「おもしろさ」の共有。

みんなの「もしも」に心を寄せる

3年生の国語の教室。「きつつきの商売」の続きのお話づくり。これは続き話の挿絵。「みんな」の描いたファンタジーの一斉表示。一人一人の想像の世界に心を寄せて、みんなが楽しむ。

時間を共有する

休み時間にクラスの係活動主催で遊んでいる4年生。「みんなで楽しい時間を過ごそうよ」と呼びかける誰かがいたから実現したこと。いろいろな友達がいるから楽しい。

こちらは3年生がクラスみんなで「かくれだるまさんがころんだ」。多様な「わたし」をつないだ「みんな」。みんなでいい時間を創ろうとするから、楽しい思い出ができる。

みんなの「わからない」から始める

多様な一人一人の「わからない」をみんなで解決しているのは6年生の教室。「わからなさ」の共有から始まる授業。みんなで「?」をひもとこう。

心で受け止める

他の人を大事に思うには、何よりも「聴くこと」が大事。話していることを目と耳と心で聴けるように。小さな積み上げ。

クラス替えをしたばかりの子どもたち。「また話したいな」「また聴きたいな」という気持ちがわきあがる教室をめざしている。

話している内容も大事ですが、それ以上に伝えたいという気持ちや聴きたいという気持ちが、言葉にのって行き交うもの。

みんなですると楽しい

4年生になりたての4年生。共生*共育プログラムのエクササイズでの振り返りタイムに「みんなですると楽しい」という言葉がありました。多様な「わたし」が集まった「みんな」。ルールを守ったのも、友達に勇気を出して声をかけたのも「楽しさ」のベース。「みんなと居る時間が楽しい」自分と他の人を大切にしながら、そんな集団として過ごせますように。